スヴェーデンボルイ

 エマヌエル・スヴェーデンボルイ(1688-1772)は、18世紀のレオナルド・ダヴィンチと言われるほど、博学多才なスウェーデンの科学者である。しかし一方では、「北欧のブッダ」と綽名されるほど、宗教界と思想界に影響を与えた神学者でもあった。

 ルーテル派系国教会司教の次男として生まれ、ウプサラ大学で教育をうけ、英、蘭、仏、独を巡り、啓蒙期の学者と親交をもち、数学と天文学を学んだ後、皇帝カール十二世により王室鉱山局監督官に任命され、国会議員として国政にも参画、自らは最先端科学の研究に没頭した。

 数ある発明発見の中には、蒸気機関、潜水艦、飛行機などがあり、現在米国のスミスソニアン博物館に、かれが考案した飛行機の設計図が展示保管されている。著書も多く、中には現代の核物理学に近似の理論、ビッグバンを予測させる惑星誕生の星雲説がある。

 また解剖学、生理学に研究を広げ、人間の霊魂を肉体の中に究める中、脳脊髄分泌液の実体、脳の運動と肺臓との同調、大脳皮質と身体の運動間の対応などを発見している。現在常識になっているが、左脳と右脳の理論もかれの発見によるものである。 

 しかしその名を不朽にしたのは、宗教の分野だった。聖書研究に転向する際、凄まじい内心の葛藤があり、科学者としての功績と名誉を大切にするよう友人に警告されながらも、真摯な学究精神に、謙虚な求道心が加わり、苦しい改心経験を経ることで霊眼が開かれ、この世にありながら霊の世界をおとづれ、膨大な見聞録を残し、ほとんどすべて匿名で出版した。

 ただ従来の神秘家と違うのは、特殊な修行によらず、普段の生活の中で霊界を体験している点であり、また従来の神学者と違うのは、科学者であったためか、神学上の理論的整合性を、実証科学と哲学で支えている点である。

 被造物は、神の愛と知恵によって生まれたが、物質界は、それに相応する霊的実体が前提となる。

聖書は、神の霊感が源で、霊界との相応で記され、記録は表象的、語句は含意的であると言う。

 一連の〈みことば〉の解明は、宗教上の真理と宇宙的理法を統合するもので、宗教と科学の共存を目指す新時代の到来を垣間見させてくれる。

 鈴木大拙によって初めて日本に紹介された『天界と地獄』は、英語版からの重訳ではあるが、なじみ深い名著である。2001年6月第一巻発行の『天界の秘義 Arcana Caelestia』は、かれの畢生の代表的大著で、内容は、旧約聖書の創世記と出エジプト記をヘブル語原典から説き起こし、霊的意味にしたがって啓き示したもので、その内容は自らの頭脳の産物でなく、神よりのものであると言う。

 三重苦の聖女と謳われたヘレン・ケラーは、その自伝に、スヴェーデンボルイの著書から生命の光を受けたと記している。その他、エマソン、カーライル、C・ユング、C・ドイル、H・ジェームス、ブレイク、バルザック、ドストエフスキー、ゲーテを始め、またわが国では内村鑑三、賀川豊彦など、宗教界、思想界に与えた影響は、計り知れないものがある。