天界と地獄 De Caelo et de Inferno

エマヌエル・スヴェーデンボルイ(著)

長島 達也(翻訳)

<最新版>改訂第五版2002年

四六判 592ペ―ジ 

定価¥2500

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内容紹介


訳者あとがきより


 エマヌエル・スヴェーデンボルイ(1688~1772)が残した一万五千ページを越える神学的著作の中で、古今東西を問わず、最も親しまれているのが、この『天界と地獄』です。

 本書は1758年、畢生の大著『天界の秘義 Arcana Caelestia』全巻の発行後、ロンドンで匿名出版された小著で、同書からの豊富な脚注が挿入されています。

 ラテン語原典からの和訳は、本訳書(初版1985年)が、わが国で初めてです。底本は、1889年、S・H・ウースター師編集による英国スエデンボルグ協会発行の1982年版で、原題は次のとおりです。

”DeCaeloet ejusMirabilibusetdeInferno ― ex AuditisetVisis”(天界と、その驚くべき事柄、および地獄について―その見聞録より)。

 わが国では、明治43年(1910年)、仏教学者の鈴木大拙氏が英文から翻訳し、スエデンボルグを初めて日本に紹介しました。以来今日まで六種の和訳が出ており、それがキリスト教、仏教、神道、天理教を背景とする訳者の手になることからも、内容が宗派・教派を越えて、普遍的に納得できる来世観をにじませているかを示します。

 原著は十七、八世紀の北欧ルネッサンスの流れをくむ学術的ラテン文で、語り口は簡明平易、飾り気のない散文調です。小社による原典訳『天界と地獄』は、従来の和訳に比べ、口語的読みやすさ、分かりやすさで定評があり、すでに第四版までの発行部数は、七千部を越えました。本書の和訳は、原文の簡潔明瞭な文体をできるだけ再現し、多くの読者に、スヴェーデンボルイの神学書に親しんでいただくことを目指しています。

 ご承知のとおり、二十一世紀に入って間もなく、世界は、民族を主軸にした宗教間の対立と衝突を目前に、共存への道を模索しています。高度に発達した物質文明の陰にあって、旧来の宗教と思想が、国家・民族間の溝を大きくしています。イスラム社会と西欧との亀裂も、テロ事件で、その一部が暴露されたに過ぎません。暴力が暴力を生む地球人の思想的貧困には、危惧の念をいだかざるを得ません。

 人類全体は、実現できる共通目標をはっきり堅持してこそ、協力と協調が生まれます。文明の衝突を代表する二大宗教、キリスト教とイスラム教、さらにはイスラエル・パレスチナ問題の背後にあるユダヤ教とイスラム教、以上の三宗教は、いずれも旧約聖書という同一の宗教的原点をもっており、等しく唯一の神を認め、死後の世界を信じます。この公分母にたいし、共通の理解をもつことで、和解が可能であることは明らかです。

 無宗教的といわれながらも、わが日本国民の多くは来世を信じています。墓前に手をあわせ、集団では黙祷し、亡き身内に敬意を表わし、失われたわが子が、「天国」にいると信じます。また卑劣な行為がまかり通る社会を、「地獄」という言葉で表します。「天国と地獄」は、われわれの日常に頻出する、親しみのある宗教用語です。

 西欧キリスト教では、ダンテの『神曲』にも登場する善人と悪人の死後の運命は、人間本来の因果応報という願望が、集約されています。わが国でも、平安朝末期の地獄絵図などには、業と苦の因果関係が、執拗に描かれます。どの宗教にも、死後の生命を肯定的にとらえ、清算の果たせない現世のかなたに、死後の生命の存続を信じます。人間本来の願望に無意味なものはなく、願望の存在がその実現を前提とするなら、肉体の死後存続への希望が不毛になるはずはありません。

 本書は、今世紀の人類だけでなく、わが国の読者にたいし、精神の潤いとして、少なからず貢献するものと信じます。宗教的確信の根源ともいうべき来世の有無と、思想的混迷の克服は、生きがいの再生に通じ、生きがいの再生は、人生の「痛み」を乗り越える力になります。

 来世への信仰は、現実逃避と思われがちですが、キング牧師やマザー・テレサのように、世界を動かす宗教家の活動を見れば、明白です。わが国でも、数多くの教育者、医療活動家、福祉事業家が、宗教的確信のもとで、社会改革や改善に貢献しています。事実は、現世逃避どころか、生きがいの充実化につながります。墓場で終わる人生より、墓場を越えていく人生にこそ、世に生きるための希望と力を与えることは、疑えないからです。書名にある「天界」と「地獄」は、一見架空な印象を与えながら、最も奥行きのある現実性を孕んでいます。小社発行の原典訳が、初版以来読者層を広げているのは、そのような理由によると思われます。

 さて、初版以来の文体をさらに簡潔化し、文意をさらに明確にし、極力読みやすくして、改訂第五版を読者のお手元にお贈りします。初版以来の繰り返しになりますが、専門的語句には、今後の訳語研究の一助にと、原語を付記しました。また先にも触れたように、原典には、『天界の秘義』の参照箇所が脚注として掲載されていますが、小社で現在発行中の原典訳『天界の秘義』十二巻完結の後、脚注をふくめた第六版を計画しています。 

 表題にある訳語「天界」は、なじみある通常の「天国」と同義です。原典にも旧新約聖書にも、該当語が複数になっている箇所が多く、本書にも「天界には、二つの王国と、三つの層と、無数の社会がある」(第4~6章)との原意を汲んで、「天界」にしました。

 著者名は、わが国では鈴木大拙氏の訳以来、おおむね「スエデンボルグ」で親しまれていますが、原典訳でもあり、現地読みが優先されつつあることから、著者の生地スウェーデン語の発音に準じ、「スヴェーデンボルイ」にしました。 

 また今回の改訂版にあたり、タテ書きからヨコ書きに変更しました。慣用的動詞は、なるべく漢字に直し (例:入る、送る、与える)、口語的冗長を避け (例:だれでも周知のことですが→だれもが周知のとおり)、 カタカナをひらがなや漢字にしたものもあり (例:コトバ→言葉、ハト→鳩)、常用の漢字で、読み間違いの起こりやすいものには、ルビを付しました (例:世間体せけんてい、本性ほんしょう、絆きずな)。

 最後になりましたが、第五版の校正には、初版の校正をお願いした林道夫さんにお世話になったことを、感謝をもって申し添えます。旧版では、新教会の聖画家金丸道子さんによる表紙絵を用い、多くの読者に親しまれましたが、今回は趣きを変えました。また改訂版で、全巻を通して、文体改善に労してくれた妻純恵にも感謝を表わします。

 ついでながら、本書にある神学的用語の解説には、小社発行の拙著『新教会用語集』を参照していただければ、さいわいです。

    改訂第五版出版にあたり  2002年3月20日 訳者